アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ

アバターは前2作とも観ています。ただ、今回が1番良かったです。映像美は1作目から秀逸ですが、鬼滅の刃などの高い技術を見慣れてきてしまって第1作目を見たときの感動ほどは感じられませんでした。でも技術が低下したのではなく、むしろ向上しています。私が他の映画でも技術の高い映画を観慣れてきたせいです。それよりなにより内容が素晴らしい。特に子供たちの成長が著しく、親たちも相変わらず強いですが、子供の成長には涙が出ました。アバターでうるっときたのは初めてです。また、登場する女性がみんな逞しい。それもこの映画に惹かれる理由です。

ナヴィの世界にも人種のようなものがあって多少見た目が違います。部族同士の結束は強いですが時に部族同士の争いもあります。その点は人間の世界とも似ています。ナヴィの世界では人間は悪者です。もちろん人間の中にもそうでないものも居ます。その悪の人間に立ち向かう時ナヴィの世界では人種を超えた一致団結があります。自然の生物も味方にして勝利します。人間の中にも良い人もいて主人公のジェイク・サリーは人間界を捨ててナヴィの世界に住んで家族で暮らしているし、ナヴィアとハーフの子供たちもいます。スパイダーは人間の姿のままナヴィ世界で暮らしています。いつか人間とナヴィもお互いが尊重して暮らせる日がくるのではないかと期待してしまいます。3時間半の超ロングラン映画ですが、あっという間でした。いやぁ映画っていいですね。

栄光のバックホーム

今年最後の映画鑑賞は「栄光のバックホーム」です。こちらは実在する横田慎太郎氏のお話しなので、胸つまるシーンが沢山ありました。打って良し。投げて良し。走って良しの3拍子揃った若者が病に侵されこの世を去る物語で、野球ファンのみならず、今注目を集めている映画です。内容は分かっていましたが、話の途中ではなぜこの人ばかりにそんな試練が降りかかるのだと思っていました。でも、後半になると多くの人に愛され大事にされ守られ祈られた幸せな日も訪れます。みんなが復活を心待ちにして復活して引退するその試合で、外野からホームまでワンバウンドもせず投げ切ってアウトを取るという物語のような本当のお話です。

入団から引退まで阪神タイガースで過ごしましたが、すごい選手だったのに甲子園にも行けず、これからというプロに入ってから若いのに病気にかかって短い人生を終えるという何とも不幸な映画だとおもいきや沢山の人に愛され、沢山の人に勇気を与えた良い人生だったと映画を観終わった後には思うのです。特にエンドロールで実際の横田選手と横田選手の役をした俳優さんと一緒の写真や、亡くなった後に阪神が実際にリーグ優勝をした時、監督の胴上げの時、横田選手のユニフォームも一緒に胴上げされているなど、現実と映画がリンクしていて感動を与える映画でした。

爆弾

話題の映画、爆弾を見てきました。無邪気なサイコパスの中年男と切れ者の刑事の頭脳戦なのであるが現場は爆弾が爆発するという派手なシーンなので静なる映画(頭脳戦)と動なる映画(激しい爆破シーン)が交互に現れて不思議な感じです。本も出ているそうですが、アクションではなく、ミステリー小説というカテゴリーなので、やはり心理戦でのやり取りがメインなのでしょう。

考えさせられるシーンもありました。命は平等か?と問われたシーンで命は平等じゃないとサイコパスは言います。実際、子供のいる児童施設と、ホームレスの話を同じくらいしたのに児童施設は守られて、ホームレスは守られなかった。痛いところを突いてくるなという感じ。警察官があっち側に引きづり込まれそうなシーンも多々あり、やはりこの物語は心理戦なのだと感じました。

見はらし世代

カンヌ国際映画祭で日本人監督最年少26歳の監督の監督週間に選出された作品です。この作品は家族を描いた作品ですが、家族愛を描いた作品ではなく、家族だからこそ流れる微妙な雰囲気(負の雰囲気)が出た作品です。父は仕事に追われるランドスケープでサイナー(都市空間や公園・庭園などのデザインをする仕事)で妻はそんな夫にもっと家族との時間を大事にしてと願う妻。そして子供はどこにでも居るような普通の女の子と男の子。父にとって最も優先なのは仕事で例え旅行中でも仕事の話があれば帰る事を選択する人。母は家庭第一でそんな夫に不満を持つ。子供たちは大人になり母の死をきっかけに家族離散してしまう。

父は子供たちに悪かったと心のどこかに詫びの気持ちがあり、姉はもう関係ない。自分の人生は自分で決めるという考え。弟は父に不満を持ちながらも父に姉の結婚の報告をするなど繊細な心の動きを持つ。とても繊細な映画でぼんやり見るには不向きです。一生懸命に向き合えば何か見えてくる映画。そんな映画でした。ハッピーエンドで終わるわけでもなく、妙にリアリティがある日常が描かれているのですが、亡くなったはずの母が突然出てきたりあれは家族だけが見える幽霊なのか。それとも何なのかと分からぬまま終わります。しかも母は子供たちには見向きもせず、ひたすら夫に話しかけます。そしてじゃあねという感じで去っていきます。成仏しきれない妻の霊が最後に夫とゆっくり話せる時間を持ったのか?ヒントもないので観る側に委ねられている判断なのか?と思ったりもしました。疲れている時には、ちょっと難しい映画でした。

TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション

TOKYO MERはテレビでやっていた時期もあり知っている人も多いのではないでしょうか?今回は映画だけあり、テレビより更にダイナミックで事件が大きくなり、何と火山が爆発します。CGでしょうがとてもリアルでドキドキしっぱなしでした。

テレビの時と同じでMERの人たちは人の命を救う事に懸命です。でも、MERの人達だけでなく、それを見守る事務方の人、TOKYO MERの管理室、島の人々、多くの人の協力で死亡人数0人を達成します。

この手の映画を観ると私の仕事なんてまだまだだと思います。ストレス多い仕事を抱えていてもこのような映画を観ると頑張ろうと思えます。映画って偉大ですね。ドキドキあり。涙あり。感動ありの見終わった後の爽快感が味わえる映画です。

鬼滅の刃 無限城編 第一章猗窩座再来

話題の映画を観てきました。平日の夜なのにとても混んでいました。平日の夜には居ない子供も少しですが居てビックリしました。内容と言えば、漫画を見て知っている人も多いと思いますが、上弦の弐の童麿と胡蝶しのぶとの闘い。上弦の陸の獪岳と覚醒した善逸との闘い。上弦の参の猗窩座と炭次郎&富岡義勇との闘い。この3つの闘いを中心に描かれています。

第一章の闘いは誰かのかたき討ちでした。童磨はしのぶの姉カナエの仇だし、獪岳は善逸の師匠の桑原慈悟郎の仇だし、猗窩座は無限列車で炭次郎の目の前で殺された炎柱の煉獄さんの仇だし、仇討3連発でした。何が凄いかというと映像美です。無限城の中は果てしなく空間が広がる空間だし格闘シーンも激しくダイナミックで全てがやり過ぎじゃないかと思えるほどの映像美でした。これは見る価値ありますね。心臓がドキドキしながら見ていたのでもう1回冷静な目で見たいと思う映画でした。

国宝

小説を読んだ後居ても立っても居られなくなり、映画「国宝」を鑑賞しました。鑑賞する前に思っていたことはあんな壮大な小説をどうやって3時間で表現するのであろうか?という疑問です。小説最初の100ページくらいはすぱっと飛ばされて、いきなり父親が抹殺されるお正月の宴のシーンから始まります。当たり前ですが、細かいことはどんどん切られ最初の10分くらいで小説200ページくらい進んだのではないでしょうか?私は小説を読んでいるから分かるけど、映画だけ観ている人は分かるのかなと思いました。少年期の喜久雄から青年期の喜久雄に移り変わるシーンでは背中のミミズクの刺青が最初に出ます。これでそれが青年期の喜久雄と分かります。上手い演出だなと感心してしまいました。ちなみにミミズクの刺青は亡き父の刺青と同じでミミズクは恩を忘れず世話になった人に鼠や蛇をもってくるということを小説の方で書いていました。小説では喜久雄が自分が不利になっても義理を守るということも描かれていますが、映画はやはり見せるものなので舞台のシーンに多くの時間が費やされていました。まさに映像美でした。こんな文化が日本にあったのだと再確認できるほど素敵でした。

その分、内容は削られるわけです。話の早い展開にどんどん行くなと思ってみていました。この映画は小説「国宝」の特に映像美を生かしやすい舞台に焦点をあてて描かれています。小説が壮大すぎてスピンオフ映画が沢山できそうです。喜久雄中心に話は進むわけですが、喜久雄にとって俊介以上に重要な役が子供の頃から喜久雄を坊ちゃんと呼ぶ2歳年上の徳次です。小説では喜久雄の娘覚せい剤でおぼれた綾乃を救うために指を詰めて暴力団から取り戻します。常に喜久雄の盾となり喜久雄を守ります。そんな徳治の出番がないのが残念でした。やはり見る順番は小説見てから映画を観るのが良いですね。映画では内容がどんどん飛ばされていくのでその一言にも奥があると気が付きづらいですが、小説を読んでいると痛いほどその一言一言に意味があるのが分かります。ただ、舞台のシーンはやはり映画は圧巻でした。小説で描いていた細かな描写を映像にするとこんな感じなんだと感動します。是非、小説を読んでから映画を観ることをお勧めします。

映画館での再上映

今月も映画館で映画が見られていません。しかも調べると結構大きな映画館でも昔の映画の再上映がされていてなぜだろうと思っています。そこでチャットGPTに聞いてみました。

Q:最近映画館で昔作った映画の再放映をよく見かけます。最近映画がつくられないのでしょうか?

A:とても鋭いご質問ですね。
映画館で昔の映画の再上映が増えている背景には、いくつかの要因が考えられます。ただし「最近映画が作られていない」というわけではなく、新作映画は今もたくさん作られています。しかし、次のような事情で「再上映」が目立つようになっています。
✅ 再上映が増えている主な理由
製作・公開スケジュールの遅延(コロナ禍の影響)
 2020~2022年にかけて、新作映画の制作や撮影が大きく遅れました。その影響がいまだに尾を引いていて、公開待ちの作品が少ない時期が発生しています。
興行リスクの低減
 新作は宣伝や配信などに大きな費用がかかりますが、昔の名作や人気映画はすでに知名度があり、低コストで確実な集客が見込めるため、再上映は映画館にとっても安定した選択肢です。
フィルムのリマスターや記念上映の需要
 「〇周年記念」「4Kリマスター版」など、昔の映画が高画質化され、新しい魅力で再上映される機会が増えています。
配信サービスとの共存による変化
 映画館での初公開ではなく、NetflixやAmazon Primeなど配信プラットフォームでの公開を優先する作品も増え、劇場での新作が相対的に少なく感じられることもあります。

そういえば先月と先々月の映画も映画館で見ましたがあとで調べてみたら昔の映画を高画質化されて再上映された映画でした。しかも以前よりも早いサイクルで新作映画が配信プラットフォームやテレビで見られるようになりました。ますます映画館は映画をみるだけでないエンターテイメント性を求められるのかもしれません。

ロスト・イン・トランスレーション

主人公はアメリカ人ですが、一人はサントリーウイスキーのCMを日本に撮りに来た中年俳優ボブで、もう一人は写真家の夫の仕事の付き合いで一緒に東京に来た若い女性シャーロット。東京で過ごす日常が描かれています。二人とも異国の地、東京のパークハイアット東京で偶然知り合い、慣れない異国で孤独を深めていた二人が恋愛未満の絆を深めていくお話しでした。アカデミー賞やゴールデングローブ賞などを受賞した作品ですが、特に何か事件があるわけでもなく、空虚感のある日常が過ぎていきます。

ただ、外国人が日本をロケ地として撮っているので、日本がどんな風に外国の人から映るのか分かりました。東京を中心に数々の風景が映し出されますが、渋谷や新宿のネオン街、渋谷スクランブル交差点、パークハイアットホテル、東京タワー、祐天寺でのお経シーン、浅草商店街、京都など外国人が注目すべき風景を多く撮っていました。また、生け花やお経のシーン、しゃぶしゃぶの肉が全部同じに見えるとか、カラオケシーン、病院など、外国人から見るとそういったところに注目するのだなと思いました。

2つ気になったシーンがありました。1つはパークハイアットホテルのエレベータの中の日本人が喪服のようなものを着ていましたが、襟合わせが右前でした。生け花などのシーンの着物は左前でした。喪服でも生きている人は左前なのでは?と思いました。亡くなった方に着せるときは右前なので勘違いしているのでは?と思ったのと、パークハイアットホテルの就寝シーンで夜中にいきなり奥様からファックスが入るシーンがありました。ホテルの個室にファックスあるの?それとも自前で設置?とこの2つのシーンが気になりました。主人公二人の会話で、シャーロットが日本人はRとLの発音の違いができないのはなぜ?と聞き、ボブがわざとやっているんだ。それを楽しんでいるんだというセリフには吹き出してしまいました。

カニバイシュ

ポルトガル映画の巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督の古いフィルム作品を没後10年記念として、現在の4Kデジタル映画に補修復元して作られた作品です。OLIVEIRA2025として5作品復元されましたが、その1作品がカニバイシュです。私が見に行った日だけ上映後トークショーがあったので観ました。正直な感想は「なんじゃこりゃ」です。小学校5年生くらいの男の子が考えたようなそんな映画でした。

全ての言葉がオペラで歌われるので物語の展開が早いのですが、解説らしきものもオペラで歌われます。前半は1人の女性を巡って三角関係が発生しているようでした。B氏は女性を好きで、女性はA氏を好きで、でもA氏は一身上の都合でそれを拒む。それでも女性に押されて結婚しますが、結婚初日で一身上の都合を知り女性は拒絶、A氏は自殺。後半はもうハチャメチャ。どちらかというと壊しにかかっているような映画。終わってから何が言いたかったんだろう。と放心状態になっている時にトークショーが始まります。

あっ私だけじゃないんだ皆そう思っているんだと安心してトークショーを見ました。トークショーの最後にこの映画は1回観ただけでは分かりません。2回目を見てください。それでも分からなければ3回目を見てください。何かが見えてくると思いますというトークショーの締めくくりでした。いや。内容が分からないわけじゃないのです。時代背景が違い過ぎるから分からないのか。異国の地だから分からないのか。色々考えましたが何を言わんとしているのか分かりません。ただ、この映画を2回とは見たくないと思ったのが正直な感想です。