映画『急に具合が悪くなる』を観ました。この作品は、主演の岡本多緒さんが日本人として初めてカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞したことで大きな話題となりました。さらに、高市首相がXで祝福のメッセージを投稿したこともあり、多くの人の知るところとなったのではないでしょうか。物語は、フランスの介護施設長であるマリーと、がん闘病中の日本人演出家・真理との交流を軸に進んでいきます。しかし私は職業柄、二人の交流だけでなく、介護施設経営の難しさや中間管理職としてのマリーの葛藤に強く引き込まれました。
印象的だったのは、介護職員の待遇改善を目指して給与を4%引き上げたいと考えるマリーと、役員たちとの会議の場面です。マリーは職員のために賃上げを訴えますが、役員側は「利益が減れば投資家が納得しない」と反論します。福祉の理想と経営の現実が真正面からぶつかり合う場面でした。また、マリーが推進する「ユマニチュード」という介護手法も重要なテーマとして描かれています。ユマニチュードは、人間らしさや尊厳を尊重するケアの考え方で、「①見る」「②話す」「③触れる」「④立つ」を基本としています。しかし現場では、「時間がかかりすぎる」「人手が足りない」という理由から反発するスタッフも少なくありません。改革には必ず賛成派と反対派が生まれます。介護の質を高めたいという理想と、限られた人員や予算の中で運営しなければならない現実。その対立は、介護業界に限らずあらゆる組織に共通する課題でしょう。
この映画を観ていて強く感じたのは、「効率と尊厳のどちらを優先するのか」という問いです。もちろん経営効率は大切です。しかし、人を支える仕事においては、それだけでは測れない価値があります。本作は、その難しいテーマを観る者に静かに問いかけてきます。さらに、真理自身がいつ容体が急変してもおかしくない状況にありながら創作活動を続けていること、そして真理が演出する舞台に関わる俳優の孫が自閉症であることなど、生きることや支えることに関するさまざまな問題が織り込まれています。一つの映画の中に、介護、医療、経営、終末期、障害者支援、家族関係、そして人間の尊厳という多くのテーマが詰め込まれており、どの視点から観るかによって全く異なる感想が生まれる作品だと思います。観終わった後に誰かと語り合いたくなる、そして「自分ならどう考えるだろう」と問い直したくなる、そんな奥行きのある映画でした。