白鳥とコウモリ

東野圭吾作品は以前から好きで、映画化されるたびにできるだけ観るようにしています。中でも印象に残っているのが『容疑者Xの献身』です。あの作品を初めて観たときは、その巧妙なストーリー展開と切ない結末に大きな衝撃を受けました。そして今回鑑賞した『白鳥とコウモリ』は、その衝撃に勝るとも劣らない、非常に奥深い作品でした。物語は一つの事件を軸に進んでいきますが、単純な犯人探しでは終わりません。登場人物それぞれの過去や思いが複雑に絡み合い、真実が明らかになるたびに、それまで抱いていた印象が大きく揺さぶられます。まさに「さすが東野圭吾ワールド」と感じさせる緻密な構成でした。

特に印象的だったのは、被害者家族と加害者家族の双方が抱える苦悩です。通常のミステリーでは被害者と加害者が明確に分かれていますが、この作品ではどちらか一方だけが不幸で苦しんでいるわけではありません。事件によって人生を大きく狂わされた人々の姿が丁寧に描かれており、それぞれの立場に感情移入してしまいました。

また、タイトルにもなっている「白鳥」と「コウモリ」の存在も象徴的でした。一般的には白鳥は美しさや善良さを、コウモリは不気味さや悪のイメージを連想させます。しかし物語が進むにつれて、その印象は少しずつ変化していきます。まるで白鳥とコウモリの立場が逆転するかのように、人は見た目や先入観だけでは判断できないことを考えさせられました。

事件の真相を追うミステリーとしての面白さはもちろんですが、人間の弱さや善意、家族の絆、そして真実の重さについて深く考えさせられる作品でした。観終わった後も様々な場面が頭に残り、「もし自分だったらどう考えるだろう」と思わず自問してしまいます。単なる娯楽作品ではなく、人間の本質に迫る東野圭吾氏らしい傑作だったと思います。

ヒンド・ラジャブの声

『ヒンド・ラジャブの声』は、数々の映画賞を受賞している作品ということで以前から気になっており、大きな期待を持って映画館へ足を運びました。実話をもとにした作品であり、劇中では実際の音声記録も使用されているため、単なる映画ではなく、現実に起きた出来事を追体験しているような重い緊張感がありました。物語の中心となるのは、戦火の中で助けを求める少女ヒンドと、電話で彼女に対応する支援担当者たちです。少女の不安や恐怖は痛いほど伝わってきて、観ている私も救助が間に合ってほしいと願わずにはいられませんでした。

しかし、私が最も強く感じたのは、電話対応をしていた男女の判断や対応への違和感です。もちろん戦場という極限状態であり、後から結果論で語ることは簡単です。それでも、彼らの言動には危機管理の専門家としての冷静さや適切さが欠けているように感じられました。結果として、救助に向かった優秀な救助隊員二人までが命を落とすことになり、「本当に他の選択肢はなかったのだろうか」と考えずにはいられませんでした。ただ、この作品が描いているのは個人の失敗や責任追及ではないのだと思います。戦争という異常な状況の中では、誰もが限られた情報の中で判断を迫られ、その判断が悲劇につながることもあります。少女の命、救助隊員の命、そして残された家族の悲しみを思うと、戦争が奪うものの大きさに言葉を失いました。

映画を観終わった後に残ったのは怒りではなく、戦争のむなしさでした。一人の少女を救いたいという願いさえ実現できない現実の前で、人間の無力さを痛感しました。平和な日常がいかに貴重なものであるかを改めて考えさせられる作品でした。この作品は政治的な立場を超えて、「戦争が普通の人々の人生をどれほど簡単に壊してしまうか」を観客に突きつける映画だと感じました。鑑賞後もしばらく心に残り続ける一本でした。

Michael/マイケル

本作は、世界的スーパースターであるマイケル・ジャクソンの幼少期から、父親の支配下を離れて完全に独立するまでの歩みを描いた作品です。幼い頃のマイケルは、野心家で厳格な父ジョセフのもとで育てられました。ジャクソン5として成功を収める一方で、その裏には過酷な練習や強いプレッシャーがありました。大人になってからも父親の影響力は大きく、独立したいと願いながらも自由になれない姿が印象的でした。世界的な成功を手にしても、家族との関係に苦しみ続けたことがよく伝わってきます。

私にとって特に懐かしかったのは、『スリラー』のプロモーションビデオが制作される場面です。当時、あの映像は本当に衝撃的でした。音楽の枠を超えた短編映画のような作品であり、今見てもその完成度の高さには驚かされます。また、当時のMTVは実質的に白人アーティスト中心のメディアでしたが、マイケルは黒人アーティストとして初めて大きく取り上げられ、その後の音楽業界の流れを変えました。彼は自らが黒人であることを否定せず、その成功によって黒人アーティストの地位向上にも大きく貢献したのです。

映画では、華やかな成功だけでなく、マイケルの優しさも描かれています。恵まれない子どもたちへの寄付活動や支援に力を注ぎ、多くの人々を助けようとしていました。その根底には、自身が失ってしまった子ども時代への思いがあったのかもしれません。マイケルは幼い頃から『ピーターパン』の世界に憧れていました。その象徴が「ネバーランド」です。自宅にはキリンやチンパンジー、ラマなどを飼い、まるで夢の国のような空間を作り上げました。世間からは奇異な目で見られることもありましたが、映画を観ると、それは単なる奇行ではなく、失われた子ども時代を取り戻したいという純粋な願いの表れだったように感じます。

この作品は、伝説的なスターの成功物語であると同時に、一人の人間が自由を求めて生きた人生を描いた作品でもありました。華やかな舞台の裏にあった孤独や葛藤を知ることで、マイケル・ジャクソンという人物をより深く理解できる映画だと思います。

急に具合が悪くなる

映画『急に具合が悪くなる』を観ました。この作品は、主演の岡本多緒さんが日本人として初めてカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞したことで大きな話題となりました。さらに、高市首相がXで祝福のメッセージを投稿したこともあり、多くの人の知るところとなったのではないでしょうか。物語は、フランスの介護施設長であるマリーと、がん闘病中の日本人演出家・真理との交流を軸に進んでいきます。しかし私は職業柄、二人の交流だけでなく、介護施設経営の難しさや中間管理職としてのマリーの葛藤に強く引き込まれました。

印象的だったのは、介護職員の待遇改善を目指して給与を4%引き上げたいと考えるマリーと、役員たちとの会議の場面です。マリーは職員のために賃上げを訴えますが、役員側は「利益が減れば投資家が納得しない」と反論します。福祉の理想と経営の現実が真正面からぶつかり合う場面でした。また、マリーが推進する「ユマニチュード」という介護手法も重要なテーマとして描かれています。ユマニチュードは、人間らしさや尊厳を尊重するケアの考え方で、「①見る」「②話す」「③触れる」「④立つ」を基本としています。しかし現場では、「時間がかかりすぎる」「人手が足りない」という理由から反発するスタッフも少なくありません。改革には必ず賛成派と反対派が生まれます。介護の質を高めたいという理想と、限られた人員や予算の中で運営しなければならない現実。その対立は、介護業界に限らずあらゆる組織に共通する課題でしょう。

この映画を観ていて強く感じたのは、「効率と尊厳のどちらを優先するのか」という問いです。もちろん経営効率は大切です。しかし、人を支える仕事においては、それだけでは測れない価値があります。本作は、その難しいテーマを観る者に静かに問いかけてきます。さらに、真理自身がいつ容体が急変してもおかしくない状況にありながら創作活動を続けていること、そして真理が演出する舞台に関わる俳優の孫が自閉症であることなど、生きることや支えることに関するさまざまな問題が織り込まれています。一つの映画の中に、介護、医療、経営、終末期、障害者支援、家族関係、そして人間の尊厳という多くのテーマが詰め込まれており、どの視点から観るかによって全く異なる感想が生まれる作品だと思います。観終わった後に誰かと語り合いたくなる、そして「自分ならどう考えるだろう」と問い直したくなる、そんな奥行きのある映画でした。

正直不動産

映画『正直不動産』を観ました。この作品はエンターテインメントとして楽しめるだけでなく、不動産取引に関する知識も随所に盛り込まれており、とても勉強になる映画でした。物語では、大規模な再開発プロジェクトが進められる中、用地買収に奔走する姿が描かれます。交渉は順調に進み、多くの土地所有者が売却に応じるものの、最後の1件だけがどうしてもまとまりません。その土地の所有者は、親から受け継いだトマト農園を営んでいました。そして、「この地でなければこのトマトは作れない。この土、この水、この環境だからこそ、美味しくて甘いトマトが育つのだ。だから、どれだけお金を積まれても土地を手放すつもりはない」と語ります。

そこで主人公の永瀬財地がどのような解決策を見いだすのか。その答えが実に見事でした。単に契約を成立させることだけを考えるのではなく、相手の思いや事情を真剣に受け止めたうえで最善の道を探る。その姿からは、かつての自分本位な営業マンではなく、お客様の意向を十分に尊重できる営業マンへと成長した姿が感じられました。不動産取引の奥深さと人と人とのつながりを描いた、心温まる作品です。最後は気持ちの良いハッピーエンドで、観終わった後に爽やかな余韻が残る映画でした。

プラダを着た悪魔2

今週の土日は仕事をしていました。日曜日の帰り、ふらっと映画館に立ち寄り、『プラダを着た悪魔2』を鑑賞しました。まず驚いたのは、20年ぶりの続編でありながら、出演者たちがほとんど変わっていないことです。「どういうこと?」と思うほど見た目の印象が変わらず、まるで前作から1年後の続編を見ているような感覚でした。一方で、物語の世界はしっかり20年後になっています。20年前より雑誌が売れなくなり、紙媒体から電子媒体への移行が進み、業界全体が厳しい状況に置かれている。アンディ(アンドレア)も転職して活躍し、賞を取るほどのキャリアを築いていましたが、アメリカ企業らしい突然の解雇に遭い、再び“あのボス”と出会うことになります。

ミランダの最初の登場シーンで真っ赤なドレスを着て車から降りてくる場面を見たときは、思わず涙が出そうになりました。今の時代、20年前のようなパワハラまがいの上司像は難しいだろうと思っていましたが、それでも誰にも媚びず、自分を貫いて生きているミランダの姿に感動さえ覚えました。「そう、あなたはそうでなくては」と思わずにはいられませんでした。そして、昔と変わらず無理難題を押し付けられながらも、なぜか最後にはやり遂げてしまうアンドレアも健在です。紙媒体の衰退、経費削減――時代の変化に翻弄されながらも、それでも彼女たちは戦い続けています。

終盤、車の中でミランダとアンドレアが語り合う場面があります。そこでミランダは、「いろいろなものを犠牲にしてきた。でも私は仕事が好きなの。やめたくないのよ」と語ります。その言葉には完全にやられました。作中のミランダは75歳という設定です。75歳になってなお、あれだけの情熱とエネルギーを持ち続けている。その姿には、ただただ脱帽でした。ミランダの老後はまだまだのようです。

ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー

ご存じ任天堂のスーパーマリオブラザーズが映画化されたものです。風景が華やかでゲームの要素もありワクワクする映像でした。マリオ、ルイージ―、ヨッシー、ピーチ姫、クッパ、クッパjrくらいは知っています。東京税理士会の先生に吉田さんはロゼッタに似ていると言われたので、気になり見に行ってしまいました。ロゼッタは慈愛に満ちていてでも強くたくましいとても素敵なキャラクターでした。恐縮しました。

映画はというとゲームをやっているような感覚の場面もあり、ちょっと懐かしくジワっとします。それにしても現在のお姫様は皆逞しくてすごく良いです。私が子供の頃に触れたお姫様と呼ばれる人はどちらかというと儚く弱く誰かに愛されるという人物像でした。それが今のお姫様は単体でも強くたくましく慈愛に満ちている。今のお姫様の方が昔のお姫様より何倍も魅力的です。時代によってお姫様の在り方も違いますね。

プロジェクト・へイル・メアリー

観たかった プロジェクト・ヘイル・メアリー を、ようやく映画で観ることができました。原作は感想を書いていませんが、上下2冊のSF小説として1月に読み終えています。小説は宇宙に関する専門用語が多く、しかも実際に見たことのない世界なのでイメージしづらい部分が多々ありました。ここまで視覚的なイメージを求めた作品は初めてで、ぜひ映像で観たい!と思い続けていたので、映画化を知ったときから楽しみにしていました。実際に観てみると、登場人物の造形やロッキーの姿はほぼイメージ通りでした。小説では「クモのような形で岩のような素材」と描写されていましたが、映像でもまさにその通りで、思わず笑ってしまうほどでした。

物語は、宇宙船内で人類最後の生き残りであるグレースと、異星人の生き残りであるロッキーが協力し、なぜか死にかけている太陽の謎に挑みながら、それぞれの知性を駆使して宇宙の生命を救おうとする壮大なものです。ロッキーの特徴も非常に興味深く、アンモニアの大気でしか生きられないことや、驚異的な速度で金属を加工できる一方で放射線の概念を知らない点など、小説では具体的に説明されていて理解しやすくなっています。また、人間が視覚で物を認識するのに対し、ロッキーは目を持たず、形状で認識するという違いも印象的でした。

映画ではこうした要素が直接的な説明ではなく、映像や演出によって「察する」形で表現されており、制作者の工夫や苦労も感じられました。ただ、その分、小説を読んでいないと分かりにくい場面もあったように思います。とはいえ、小説でぼんやりとしか描けなかったイメージが映画によって鮮明になり、両方を体験することでより深く楽しめる作品でした。

クスノキの番人

東野圭吾氏の小説を映画化したものです。小説は以前読んでいて、2020年7月26日のブログに感想を書いています。祈念と受念は祈念者と血が繋がっていない受念者は受け取ることができません。また、血がつながっているだけでなく、多少の思い出も必要です。こちらは実写ではなくアニメの映画ですが、小説では想像に過ぎなかったクスノキの持つ神秘的な映像なども感じることができます。

映画館でみると「クスノキの裏技」という短編小説も入場者特典としていただけました。それは祈念者と受念者が血がつながっている事と思い出がある事が要件ですが、例えば受念者が胎児などだった場合、思い出はほぼありません。その場合の受念に関する裏技が書いてありました。映画だけでなくその続きの小説が付くなんて・・・1回で2度おいしいというお得な映画でした。

アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ

アバターは前2作とも観ています。ただ、今回が1番良かったです。映像美は1作目から秀逸ですが、鬼滅の刃などの高い技術を見慣れてきてしまって第1作目を見たときの感動ほどは感じられませんでした。でも技術が低下したのではなく、むしろ向上しています。私が他の映画でも技術の高い映画を観慣れてきたせいです。それよりなにより内容が素晴らしい。特に子供たちの成長が著しく、親たちも相変わらず強いですが、子供の成長には涙が出ました。アバターでうるっときたのは初めてです。また、登場する女性がみんな逞しい。それもこの映画に惹かれる理由です。

ナヴィの世界にも人種のようなものがあって多少見た目が違います。部族同士の結束は強いですが時に部族同士の争いもあります。その点は人間の世界とも似ています。ナヴィの世界では人間は悪者です。もちろん人間の中にもそうでないものも居ます。その悪の人間に立ち向かう時ナヴィの世界では人種を超えた一致団結があります。自然の生物も味方にして勝利します。人間の中にも良い人もいて主人公のジェイク・サリーは人間界を捨ててナヴィの世界に住んで家族で暮らしているし、ナヴィアとハーフの子供たちもいます。スパイダーは人間の姿のままナヴィ世界で暮らしています。いつか人間とナヴィもお互いが尊重して暮らせる日がくるのではないかと期待してしまいます。3時間半の超ロングラン映画ですが、あっという間でした。いやぁ映画っていいですね。