青空と逃げる

表紙の絵につられて今年の夏休み課題図書としてこの本を読みました。「かがみの孤城」の作者の辻村深月氏の作品です。母親の早苗とその子供である小学生5年生の力が東京で起きたある事件がきっかけで、高知の四万十に逃げて、そこから兵庫県姫路市にある家島に渡り、その後大分県の別府温泉に行きやっとそこに住もうと思ったところで再び不都合が起き、今度は目的をもって仙台に行き、北海道の大空町に父親を訪ねに行き、家族が再会するというのが大筋な流れです。

北海道に行くまでほぼ母子家庭のように早苗と力は過ごしました。おっとりとした早苗も力を守らなきゃいけないという母性本能から逞しく強くなっていき、力も早苗が体調を崩した時は子供だから何もできないのではなく、何かをするという逞しさを覚えます。父が不在という状況になって、早苗と力は逞しく生命力がみなぎっていきます。ある事件のことは感想では敢えて書きませんが、3人が最後に再開することによって、また再び3人で東京で暮らすという予兆を残して終わります。

この本の素晴らしいところは様々な地方で本当にそこにいるかのような臨場感が出ている点です。この本に出てくる地方は家島以外は全て行ったことがありますのでイメージしやすく、ちょっとした小旅行をしているかのような本でした。また、地方地方の人との触れ合いなども方言も交えて描かれていてその場にいるような気にさせてくれる本でした。

本と鍵の季節

堀川次郎は高校2年生。高校では図書委員をしています。その友達の松倉詩門も同じく図書委員の高校2年生。この二人が様々な謎というか問題を解決していきます。金田一少年のような古畑任三郎のようなあるちょっとした気付きや疑問点で謎が分かります。読んでいるうちにどんどん引き込まれる本です。何が良いのかというと2人のチームワークというか気付きの観点が違うという点です。金田一少年も古畑任三郎も1人で何かを解決しますが、この物語の2人はちょっと気付きの論点が違います。上手い具合にお互いの気付きが重なり合って謎を解決しているという点がとても面白かったです。

主人公の堀川次郎君は相手を信じ相手の話から気付きを導くタイプ。どちらかというと性善説タイプです。それに比しクールでイケメンな松倉詩門君は相手を疑うことから始めます。どちらかというと性悪説タイプです。お互いのタイプが違いながらもお互い無い部分を補うためそこには友情だけでなく信頼関係も生じ最後には自分の秘密まで知られてしまうという奥の深いお話でした。

本を読んでいるとこれは物語ではなく、本当に実在する人物なのではないか?と思ってしまうほど内なる個性が、そして内なる感性の違いの細かさが表現されています。同一人物が書いたと思えないほど、2人ともあり得る人物像なのです。2人とも鋭いので言葉が無くても通じ合えたり必要以上の話をしないのですが、徐々に友情も芽生えてきます。読めば読むほど味が出る。そんな本でした。

ロンリネス

この本は女性雑誌「VERY」に3年間連載されていた作品をまとめた小説です。この雑誌のターゲットである30代から40代にかけての女性が主人公になっています。結婚・出産・育児・復職・恋愛など、主人公有紗の目線で小説が展開されます。雑誌に毎月連載されていただけあり、女性目線が細かく描かれていて、女性なら主人公と一緒に悩んだりしてしまうのではないか?と感じる小説です。

あまりにもリアルなので作者の実体験なのか?と思うほどです。特に夫に対する感情がリアルで、家のことを何もしない気が利かない夫に対するイライラなどは多くの女性が抱えている感情と一致するのではないでしょうか?女性は男性よりも結婚という事態に生活が大きく変化します。それに出産・育児が加われば尚更です。この小説はVERYの多くの読者を惹き付けたことでしょう。しかも夫婦にはどうしようもない問題というものが存在します。

例えば有紗には子供がいるのですが、もう一人欲しいという有紗に対し、夫の俊平は1人で充分と取り合いません。理由は経済的に1人で手一杯との事です。それなら一人の子供にお金をかけようと私学に入れたいと言っても取り合ってくれない。理由はそんな余裕はない。という事。この場合、どちらが正解なのでしょうか?どちらが正解かは何とも言えませんよね。夫婦は元々他人ですから様々な考えの相違があって、どちらが合っているとか合っていないとかそのような問題ではなく、どちらかが受け入れる。又は二人で歩み寄るしか解決は無いんだな~他人と暮らすのは大変だ!とつくづく感じた本でした。

影裏

芥川賞受賞作品です。読み方は「えいり」です。不思議な本でした。釣りの描写や風景の描写で妙に細かく繊細な書き方をするなと思うところと、日常をあっさりと何の感情も表現せずに淡々と物語が進むところと、もう少しそこ説明した方がいいんじゃない?と思う部分と、何だろう。この違和感。

主人公の男性は釣り好きでお酒好きでお洒落な感じではなく線が細いイメージですが、別れた恋人は男性のようだからゲイなのか?でも感情を書かないので、何だかよく分からなく芥川賞とはこういうものなのかと私の理解を超えている世界のようでした。

ただ、この本に出てくる鮠(うぐい)という魚を知らなくて、どんな魚か?と思っていたところ、たまたま田沢湖で絶滅したクニマスの事を調べていたときに、生き残った魚として鮠が出てきたので、おおっ何というタイミング!と思ったくらいです。影裏の本の内容からすると、捕まえてもしょうがない魚らしいですが・・・94ページしかない短編小説でしたが、何だかとても不思議な本でした。

いとしのヒナゴン

この本の表紙の絵にお茶目さを感じ購入しました。舞台は比奈という田舎町のヒナゴン騒動にまつわる話です。30年前に不審な生き物を見たという証言が相次ぎ人々はそれを「ヒナゴン」と呼んでいました。謎の類人猿が十数回に渡って目撃されてい全国的にもヒナゴン・ブームも沸き起こりました。それが今年になってから4人も目撃証言が相次ぎ再びヒナゴンに着目され始め、比奈町役場では町役場類人猿課までできて盛り上がっています。

主人公のノブは25歳の女性で東京にいたが比奈町に戻ってきて町役場の類人猿課で働きます。比奈町長のイッチャンは40歳ですがヤンキー上がりのヤンキーのまま大人になった常識外れな市長。その他にも様々な個性の強い人々が登場しますが、この町長が強烈です。本を読んでいて始めは誰がこんな人を町長にしたのか?こんな人町長になるのか?と正直思いましたが、ところどころで損得勘定なしの人情派の一面を感じます。

ヒナゴン探しを通じての人間模様が描かれていますが、大人になるって変化することだけど、変化しないことも必要なんじゃないか?また、もっと年をとったら変化したくなくても変化してしまうんだと色々考えさせられる本でした。

医療法人の法務と税務【第4版】

手前味噌でありますが、私も共著で執筆している「医療法人の法務と税務」の第4版が法令出版より出版されました。私があれこれ言うよりまず下記の目次を参照下さい。
本目次
見てお分かりのように医療法人に関する法務(特に医療法に関する)と税務(医療法人特有のもの)が書かれています。特に今回は新しい医療法人制度「認定医療法人制度」についても詳しく解説しています。お笑いの要素は微塵もありませんが、実務にはきっと役立つ本になっていると思います。

医療法人の法務と税務【第1版】は平成21年に発売されたので早10年です。医療法や税法の大きな改正がある度増版していますが、物事が10年続くというのは貴重な事です。これからも1つ1つの積み重ねを大事に生きていきたいと思います。

キラキラ共和国

何だろう。この不思議な感じ・・・この本の主人公の女性(ポッポちゃん≒鳩子さん)の日常が描かれています。ポッポちゃんは鎌倉に住んでいて、今は亡きおばあ様(先代)の仕事を引き継いでいます。それはツバキ文具店。文具を売っているだけでなく、手紙を代書している代書屋さんです。世の中には手紙を誰かに宛てたくても自分で上手く書けずに鳩子さんを頼ってきて代書をお願いします。色々考えた末に、手紙の紙質、筆記用具、書き方や字の質などもその手紙に合ったものを考慮して代書しています。

同じく鎌倉でカフェを経営するミツローさんと結婚するのですがミツローさんは妻を亡くしていて、その子供(QPちゃん)との共同生活も始まります。特に結婚式をしなかった二人は結婚式のお知らせのお手紙を友人に送ろうと思います。そこには「このはる わたしたちは かぞくになりました。ちいさな ふねにのり 3人でうみへこぎだします どうか あたたかいめで みまもってください」この文章を読むだけで夫婦2人だけでなく連れ子のQPちゃんへの愛情も滲み出ています。

鎌倉での小さな幸せがつまった家(キラキラ共和国)のお話です。そして3人で生活をしていて鳩子さんが自分の母親やおばあ様との確執が徐々にほぐれていくのも分かる本です。何気ない鎌倉の日常を描いた作品ですが、至るところでホロっとするシーンがあり目頭が熱くなります。不思議な本です。号泣はしません。でもホロっとする。とても泣けることが書いてあるわけじゃないのです。でもいつの間にかホロっとさせられる、そんな本でした

戦略の本質

この本面白いです。ビジネススクールでは学べない絶対負けない戦略論と謳っているだけあって、ビジネススクールでは聞いたことのない事が書いてありました。というよりビジネススクールで聞いたことに一歩踏み込んでいると言った方が正確な気がします。マイケルポーター氏の「競争の戦略」。野中郁次郎氏の「失敗の本質」にも触れ、はいはいその辺まではビジネススクールで学びました。と思っていたところで、IDAサイクルというのが出てきます。

これは一般的に有名なPDCAサイクルではなく、自衛隊で実際に重要視しているI(information情報)D(Decision決心)A(Action実行)が重要だと言います。つまり情報は敵、地域に関する情報や自分の部隊の状況や処理されていない情報資料も含んだ幅広いものを示し、その中で指導官として的確な指示(決心)を時間的制限があるなかで実行しなければならない。というものです。確かに未曽有の災害などはいかに情報を得て的確に判断するかが大事ですね。しかも現在は昔と違って時の流れが速い。1年前の最新はあっという間に陳腐化します。

それと日本人特有の「集合的無意識」についても触れていました。日本人は最もハイコンテクスト文化な国民だそうです。これはコンテクスト(文脈)の共有性が高い文化のことで意味を伝えるための努力をせずとも相手の意図を察し合い、なんとなく意思疎通が図られてしまう環境を差します。とりわけ日本は先進国のなかでももっともハイコンテクストの傾向が強いそうです。いわゆる言葉なくとも場を読む能力ですね。対する欧米に多いローコンテクスト文化ではコンテクストに頼ることなく言語によってコミュニケーションを図ろうとします。ですから海外では遠慮や優しさが相手の好意を引き寄せるという日本人的な美徳がまったく通用しないことになります。

日本人と米国の奥さん数人に「熊が突進してきたとき、あなたは子供をどのようにして守りますか」と聞いた時、その返答は日米で正反対だったといいます。アメリカ人の奥さんは全員、子供をはねのけて相手に直面し、両手を広げて仁王立ちになる。それに対して日本人の奥さんは全員、子供の身体を自分のほうに向けて胸に抱きしめ、熊には尻を向けうずくまる防御姿勢を取ると答えました。防御姿勢では、襲ってくる相手の姿が目に入らないため攻撃者の攻撃に対してどのように対抗し、こちらから相手を威嚇して撃退するかという方法論の組み立てが成立しません。己の身を犠牲にしてどう子供を守るか、あるいは運よく見逃してくれるのを待つという手段しか取れないのです。それが集団的無意識です。なかなか深いことが書いてある本でした。

おまじない

8つの短編小説から構成されています。その中で特に印象が残ったのが「孫係」主人公すみれは12歳の女の子。父親も母親も素直に感情を表現する素敵な人でした。ところが、すみれはどこか冷めているというか、正直運動会ってなんだよと思っているし、ピアノの発表会もプロになるわけじゃないのにと思っている。同級生も嫌いじゃないけど結構な頻度でガキっぽいと感じているし、放課後までいちゃいちゃしたがるのはしんどく思っている。観察力があり先生や大人の前だとうまくふるまえる。そんな自分をタチが悪いと思っていてすごく嫌いになります。汚いずるい人間だと・・・

ある時、おじいちゃん(母方の)が1カ月間一緒に住むことになりました。口では「おじいちゃまが来てくれて嬉しい」なんて言っておいて実は早く帰ってくれないかなと思っています。とても気を遣い自分の部屋で毎日ぐったりしてしまう有様。そんな自分も嫌いになります。ある日、おじいちゃまが散歩中でお母さんが買い物に出かけて家で1人になった時、「ひとりになりたいなぁ」と2回も独り言を無意識で言ってしまいます。その時ガタッと音がして、「すみれさん、私もです」とおじいちゃんが言います。「娘だし色々気遣ってくれるのは嬉しいんですけど、こうもまっすぐ愛情をぶっつけられたら、すごく疲れるんですよ。私もひとりになりたい。早く長野の家に帰りたいです」と・・・

それから二人は本音で話します。そしておじいちゃんが提案します。「すみれさんは、孫係。わたしは、爺係。この1カ月それぞれ係をきちんとつとめあげませんか?私の娘(すみれの母)のために。すみれさんのお父さんのために。」そのアイデアはすみれにとっても素敵な案で二人は悪い秘密を共有したギャングみたいな関係になりました。それぞれの係をこなし生活ができました。おじいちゃんは悪態をつける唯一の存在です。そして言います。「人はそれを陰口だとか卑怯だと言うかもしれない。性格が悪いとか。でもね。すみれさんがそう振舞うのは友達を傷つけたくないからでしょう?先生の期待に応えたいからでしょう?それは思いやりの心からくるのです。」

「それは誰かを騙しているのとは違う。騙して、それで得をしようとしているのではないのだから。ここが大切です。つまり得をしようと思って係につくのはいけません。あくまで思いやりの範囲でやるんです。その人が間違っていると思ったら、そしてそれを言うことがその人のためになるのだったら言わなければいけないし、相手を傷つける覚悟をもって対峙しなければいけない。でも、その人が間違っていないとき、ただ性格が合わないだけとか、その人の役割的にそうせざるを得ないと分かるときは、その人の望む自分でいる努力をするんです。」この言葉を聞いてすみれは自分は悪い子だという思いが和らぎます。むしろいい子だ。思いやりがあるからそうすることができる。と・・・おじいちゃんの言葉、深いですね。

銀河鉄道の父

銀河鉄道の夜は御存じ宮沢賢治氏の作品ですが、こちらは銀河鉄道の父というタイトル。何じゃこれは?直木賞?どういうこと?という感じで購入しました。この本はズバリ宮沢賢治の生まれた時から亡くなるまでの伝記に近い作品です。

宮沢賢治は質屋である金持ちの家の長男として生まれ、家族の期待も大きく成績も優秀で学校を卒業しました。ところが稼業には合わなく帳簿合わせなどは才能があるもののどうも大人相手の値決めなどの交渉事には向きません。自分でもそれが分かっていて家を飛び出し東京に行くもパッとしません。賢治の父は24才ですでに結婚もし賢治の父となっていて、それでいてバリバリ働いている大人でした。ところが賢治は24才になっても結婚もしていないし、ましては給料も僅かて自分が生きるのも苦しいくらい・・・実家から金銭が送られてきますが、それも受取拒否します。

賢治は5人兄弟姉妹で長女のトシは賢治にも劣らず優秀でかつ、賢治より自分の意見を持ち事業家としての素質もありそうです。でも女だからの言う理由で裁縫などを学ぶ女学校に行きます。トシは若くして病気で亡くなり、そして賢治も若くして病気で亡くなります。厳格な父は自分より先に長男と長女を失います。この時代というものがこの本を通じてよく分かりました。この本を読んだとき宮沢賢治はゴッホのようだなぁと思いました。