めぐるの選択

この作品は、大雨の日のたった一つの選択が、その後の人生を大きく変えていくという興味深い物語です。主人公のめぐるは、市役所職員の採用試験の二次試験当日、大雨に見舞われます。そのときの行動によって三つの異なる人生が描かれます。一つは試験に間に合い、市役所職員として働く人生。二つ目は、雨宿り中に再会した同級生に車で送ってもらったことが縁で結婚し、二児の母となる人生。そして三つ目は、就職がうまくいかず、元恋人の借金を背負って水商売の世界へ進む人生です。

三つの人生はまったく異なるものであり、成功や幸せの形もそれぞれ違います。しかし、どの人生を歩んでも、めぐるの心の中には「童話作家になりたい」という夢が残り続けています。そして最終的には、子どもたちに物語を読み聞かせるという形で、その夢につながる活動をしているのです。この作品を読んで感じたのは、人生は偶然や選択によって大きく変わる一方で、その人の本質や本当に大切にしているものは簡単には変わらないということです。

もし違う選択をしていたらどうなっていただろう、と誰もが一度は考えたことがあると思います。しかし、どの道を選んだとしても、自分らしさを失わずに生きることができれば、その人生には意味があるのだと教えられました。読後には、自分自身のこれまでの選択やこれからの人生について考えさせられました。人生の不思議さと希望を感じられる、とても温かい作品でした。

ブテック

久々の池井戸潤氏の作品です。主人公の雨宮秋都は、大手銀行に勤務する優秀なバンカーです。しかし、顧客の利益よりも銀行の利益を優先する組織の方針に疑問を抱くようになります。本来、企業の成長や存続を支えるべき金融機関が、自らの利益を優先してしまう。その現実に納得できなかった雨宮は、銀行を退職し、自分の理念に共感できる小規模なM&Aブティックへ転職します。

そこから物語は大きく動き出します。雨宮たちは、後継者不足や経営難などさまざまな問題を抱える企業と向き合いながら、M&Aを単なる「会社の売買」ではなく、「会社を未来へつなぐ手段」として活用していきます。企業を救うために奔走する姿は非常に熱く、読み進める手が止まりませんでした。一般的にM&Aというと、「会社を売る」「買収される」といったネガティブなイメージを持つ方も少なくありません。しかし本作では、M&Aが従業員の雇用を守り、技術やブランドを次世代へ引き継ぐための有効な選択肢であることが丁寧に描かれています。もちろん池井戸作品らしく、組織の論理と個人の信念の対立も見どころです。大手銀行時代のしがらみや企業間の駆け引き、そして「誰のために仕事をするのか」という問いが物語の根底に流れています。

私自身、仕事柄、事業承継やM&Aに触れる機会がありますが、本作を読んで改めて感じたのは、M&Aの本質は数字や契約書ではなく「人」だということです。どれほど優れたスキームを作っても、その先にいる経営者や従業員の思いを無視しては成功しません。企業を救うとは何か。仕事の理念とは何か。そんなことを考えさせられる一冊でした。事業承継やM&Aに興味がある方はもちろん、池井戸潤作品が好きな方にもおすすめです。

さよならドビッシー

『さよならドビュッシー』を読みました。『このミステリーがすごい!』大賞受賞作です。ジャンルとしてはミステリーに分類されますが、トリックや謎解きが前面に出た作品というより、小説としての魅力が強い作品だと感じました。もちろん最後の最後には驚くような真相が待っています。読み返してみると「あの場面は伏線だったのか」と思う箇所はいくつかありますが、そこから真相にたどり着くのは非常に難しく、おそらく多くの読者が見抜けないのではないでしょうか。

そのため、「犯人や真相を当ててやろう」という気持ちで読むと、見事にやられてしまいます。むしろ、瀕死の重傷を負いながらもピアニストを目指す少女が、岬先生という師匠と出会い、困難を乗り越えながら成長していく物語として読むと、とても楽しめる作品です。また、ピアノ演奏の描写が実に秀逸でした。文章を読んでいるだけなのに、まるで実際に音楽が流れているかのような高揚感があります。音の強弱や響き、演奏者の感情までもが伝わってくるようで、音楽小説としても高い完成度を感じました。

すっかりこの世界観に魅了されてしまい、続けて『さよならドビュッシー前奏曲』、『おやすみラフマニノフ』、そして『いつまでもショパン』まで一気に読んでしまいました。ミステリーとしても、音楽小説としても楽しめる一冊です。シリーズの入口としてもおすすめできる作品だと思います。

僕には鳥の言葉がわかる

ゴールデンウィークの課題図書として読みました。読み始めてすぐ、軽井沢の森に入り、木々を見ながら「この木には虫が集まるから、この鳥が来るだろう」「この木には実がなるから、こういう鳥が来るだろう」と語る場面があります。その瞬間、「この著者は、底知れない愛情を持って鳥と向き合っているのだ」と感じ、これは心して読まなければならない本だと思いました。読み進めると、鳥がどのような状況でどのような鳴き声を出すのかという“鳴き声の研究”が非常に興味深く描かれています。鳥の種類ごとに鳴き声が異なるのは当然ですが、どうやら異種同士でも互いの鳴き声をある程度理解し、協力し合っている節があるというのです。さらに、鳴き声には文法のような構造まで存在するのではないかという研究も行われています。長い年月をかけて積み重ねられた研究には脱帽するとともに、大きな感動を覚えました。

本書では、軽井沢の森を舞台に主にシジュウカラの鳴き声を研究しています。シジュウカラは町中でも見かける身近な鳥ですが、著者は実家の庭に巣箱を設置し、実際に住み着かせてもいます。そして、シジュウカラの生態や鳴き声の違いを両親にも教えているのですが、そのエピソードがまた微笑ましいのです。母親は猫などが近づくと、シジュウカラ語の“警戒音”を真似して鳴き、父親はほうきを持って追い払う。さらには、巣箱に雨漏りが見つかれば修理までしてしまう。その結果、軽井沢の森よりも実家の庭のほうが、卵からヒナが巣立つまでの生存率が高くなってしまったという話には思わず笑ってしまいました。長年にわたる研究の積み重ねと、鳥たちへの深い愛情に満ちた一冊で、読後には「とても良いものを読ませてもらった」と感じました。ぜひ多くの方に読んでほしい本です。

イン・ザ・メガチャージ

2026年本屋大賞の大賞受賞作品です。テーマは「推し活」。これまであまり縁がなく、普段であれば手に取らなかったと思いますが、本屋大賞の大賞ということで「これは読まないと」と使命感を持って読みました。歴代本屋大賞受賞作である『成瀬は天下を取りにいく』や『同志少女よ、敵を撃て』のように、冒頭から一気に引き込まれるタイプではなく、じわじわと沼に足を取られていくような読後感の作品でした。

これまで不思議に思っていたのが、推し活で、推しのためにアルバムを100枚買うといった話を聞きますが、一体どういう心理なのか理解できませんでしたが、本作を通して、推し活にもさまざまな段階があることが描かれます。比較的ライトに楽しむ人もいれば、周囲が見えなくなるほど深く没入する人もいる。そして、そのごく一部の“深くハマる人”を逃さず、さらに没入させるためのマーケティングが存在することが明らかになり、読み進めるうちに少し怖さも感じました。

ゲームやアイドルに課金しすぎてしまう人の話はよく聞きますが、そうした人たちは日常生活に何らかの不満や物足りなさを抱えており、心がときめく対象を求めて推し活に入っていくようです。対象がゲームやアイドルであるかどうかに関わらず、「何かに没入したい」という欲求は誰もが持っているものであり、方向が違えば自分も同じようにこの“沼”に入り込む可能性があるのだと感じました。

ラストも印象的で、ややダークな余韻を残します。没入を仕掛ける企業側の担当者である父親が、推し活に夢中になっている女子大生が自分の娘だと気づく直前で物語は終わります。「ここで終わるのか」と思わず声が出るような幕切れで、その後の展開をさまざまに想像せずにはいられません。読後に空想が広がる、不思議な魅力を持った一冊でした。

成瀬は都を駆け抜ける

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会いたかったよ。あかりちゃんという気持ちで読み始めました。成瀬シリーズ第3弾目でこれが完結編らしいですが、読み終わった後も続編が読みたいと思いました。社会人になった成瀬も見てみたいと思ったのです。今回の内容は成瀬が京都大学に通って様々な出来事に対応している話です。さすが京都大学。変わった天才が多いので今までより成瀬がマイルドに見えます。それだけ個性が強い人が沢山いました。相変わらずの成瀬ですが、常に進化をしている感じです。

親とのエピソードも出てきて成瀬があまりにも小学生の時変わっていたので、家庭訪問時に担任から注意されましたが、親はそれを否定せず「そういう子なのです」と対応しました。成瀬が成瀬らしくいられるのもこの両親に育てられたからだと思いました。成瀬は京都を満喫していて以前よりも多くの人たちと交流していました。一日にスケジュール埋め込みすぎだろと思うシーンもありましたが成瀬が元気そうで良かったです。成瀬あかりのファンとしては続編も要望します。成瀬シリーズを読むと元気がでます。私も頑張ろうと思えます。そんな本でした。

花屋が言うことには

地政学の本3連ちゃんですっかり心を病んでしまったので、ぱっと癒しの小説を読みたい、能天気な小説で中和したいと思って読み始めました。はじめはありふれた日常に平和だなという感じで読んでいましたが、植物及び花好きな私は特にこの本にハマってしまいました。日本の節句は5つあって、1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日です。皆さん何個知っていましたか?3月は桃の節句でしょ。5月は端午の節句。7月は七夕の節句。1月は七草の節句(七草かゆを食べますよね)です。では9月9日は?知らない人も多いと思います。重陽の節句(菊の節句)です。この本では重陽の節句のことについて事細やかに書かれています。主人公がきくこ(紀久子)という菊に関する名前というのも相まって良い話でした。

その他にも私が今育てているクリスマスローズの話もあり、クリスマスローズの花と思われている部分は実はがくであり、だから花が散ってもがくが存在するから花がいつまでも咲いているように見えるとか、3月8日はミモザの日(これは知っていましたが、国際女性デーです)だったり、5月1日はスズランの日(これは知らなかった)など、花に関する情報も盛り沢山で地政学ですっかり沈んでしまった心を癒してくれる最高の本でした。癒されたい+花の知識を得たい人に最高の良本です。

暦の上では今日は立春です。まだまだ寒い日が続きますが、これから少しずつ小さな春を感じながら過ごせて行けたらと思っています。

経済で読み解く地政学

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お正月は、湊かなえ氏の暁星を読んだのでその感想を書こうと思っていましたが続けて、同じく湊かなえ氏の未来を読みましたら、両方とも子供2人が主人公で全員親に問題があるパターンで頭が混乱しました。その次に読んだのは地政学3連ちゃんです。経済で読み解く地政学・日本の地政学・佐藤裕の地政学入門とこちらも続けて読みました。同じテーマの本を読むのは小説は特に内容が似ていると混乱しますが、地政学のようなテーマのものはむしろ理解が深まります。

金融学と地政学は以前から学ぶべき学問だと思っていて、なぜ学校では教えないのだろう(最近では教えているようですが・・・)と思っていたところです。義務教育で教えるべきものが金融学と地政学だと思っています。著者の中には体を張って書いている人もいて、こんなこと書いて大丈夫?と身の安全を心配していまうものもありましたし、実際に訴えられたり誹謗されたりしても書いてくれています。読んでみて損はないかと思います。ランドパワーとシーパワーくらいは聞いた事あるかと思いますが、地政学を学べばなぜあの国はこんなことをするのだろう?と日本人が不思議に思える事柄も分かります。

中国やロシアそれと最近のアメリカも理解に苦しむ世界の情勢ですが、地政学の本を沢山読むと今の状態がいかに危うく危険かを実感していまいます。恐怖が心を占めてしまって悪夢まで見るようになったのでしばらく読まない事にします。しかもドンパチするだけが戦争ではなく、今は静かな戦争が常にある状態です。スパイだったり、気密情報取られたり、間違った情報を拡散させ混乱させたり、もうすでに戦中なのだとも思います。自分が誤った情報に流されないように注意しながら常に正しいことを考えていかないといけないと強く感じました。

2025年 読書感想

昨年より12月の「カテゴリー:本」は、今年読んだ印象に残った良い本BEST3を発表しています。今年はオーディブルで読んだので過去最大の82冊の本を読みました(実務書除く)また、今年自宅を引っ越したのですが、今までの下り通勤が、上り通勤になり、もう満員電車は乗れないということで、各駅停車の始発駅から乗って本を読みながら(聴きながら)通勤したのも大きかったです。家でも掃除などをするときは聴きながらやっていました。やはり本は良いと実感した1年でした。それでは発表します。

1位:神の子(上・下)
薬丸岳氏の作品です。この感想は2025年8月29日のブログで述べています。薬丸氏の作品の舞台は池袋をはじめ私の知っている場所ばかりなので、てっきり近所に住んでいると思っていましたが兵庫県明石市の出身でした。その他にも薬丸氏の作品であるブレークニュース、最後の祈りも読みました。やはり私の縄張り内の舞台が多くとても親近感をもって読めました。ただ、小説の内容は重く、社会問題になっているようなことがテーマです。多くの闇に一筋の光のような小説が多かったです。

2位:これは経費で落ちません1~12
主人公の森若沙名子に共感する物語で1巻から12巻まで読んでしまいました。お仕事本ですが、プライベートの事も書かれていていつの間にか森若さんの応援団になっていた本です。森若さんは会社の経理課に所属しているので森若さんの仕事が忙しいときなどは分かるよ!分かるよ!と心の中で叫んでいました。登場人物が多く、それぞれ実現する人のような個性があるのでとてもリアリティがあり面白い小説でした。

3位:国宝(上・下)
ご存じ爆発的なヒットとなった映画国宝の小説版です。小説の感想は2025年7月4日に、映画の感想は2025年7月9日にブログに書いています。小説と映画とどちらが良かったかと聞かれたら小説です。人の一生が書かれているので主人公の喜久雄だけではなくその周りの人たちについても1つの小説になりそうなくらいの人生があります。小さな本に壮大な物語が詰め込んである本でした。

こんなに本を読んだ年はなかったので多くの本を読むことについての弊害も述べておきます。今回選んだ1位~3位はすべて物語である小説ですが、小説は読んだ後に心の中に滞在する時間が長いです。ですから小説を立て続けに読むと続き物の場合は良いのですが、似たような違う本を読むと中身が混乱することが分かりました。ですから続き物以外の小説を読むときは小説と小説の間に違うジャンルの本を入れないと内容が混乱しやすいのです。だから小説でない本も多く読んだのですが、やはり心に残るのは小説ですね。来年も通勤時間や移動時間を中心に本を読みたいと思います。

金環日蝕

近所のおばあさんがひったくりに合い、一緒に犯人を追いかけた2人(大学生の春風と高校生の錬)の物語と、母子家庭の子供で母が病気で働けなくなり一家を助けるために特殊詐欺に加担してしまう大学生理緒とそのボスである加賀谷に恋心を抱いている物語。その2つの物語が同時並行で描かれています。それが1つになるとき、様々な謎が解かれていきます。

この本を読んで思ったのは、悪人と善人はきっちり二分化されているものではなく、その人の中にも悪人と善人の部分があって全体的にもグラデーションのかかったものなのだということ。人はちょっとしたきっかけですぐ悪人と呼ばれる行為に及んでしまう危うさがあるのだと知りました。人は守りたい人がいると知らないうちにそちらに足を踏み入れてしまう。それが悪の道だと薄々気付いていても、守るという事を言い訳にして・・・本当に簡単に起こりそうな事でぞっとしました。

善人だと思っていた人が善人とは言えない裏の顔を持っていたり、底抜けに明るく何も悩みがないような子が陰の部分を持っていたり、人間の底知れぬ人格がそれでもこうありたいと願う感情など色々感じることができる面白い本でした。秋の夜長に最適な本です。